お気軽な人事
アメリカでは、NPOであるTeach For Americaへの就職希望者が偏差値上位校で顕著であるという。そんなわけで既存の企業もあせっており、TFAで修行した若者を受け入れる準備を整えたりしている。この流れは遅かれ早かれこの日本にもやってくるだろう。正直に言おう。もはや、高偏差値大学で、やる気のある若者は既存のシステムに飽きているのだ。そんなものよりもずっと面白くて、難問が世界中に転がっている、そしてそれらが可視化されているのだ。このような状況下にあって、なぜ、日本にいて、「家電」を作りたいと思う?「銀行」で営業をやりたいと思う?誤解を恐れずに言う。そういう仕事にもはや私たちは「燃えない」のだ。モチベートされないのだ。
これが正直な私の気分であるし、多かれ少なかれ私の友人達もそうなのだ。
もし、いま松下幸之助が生きていたらなにをするだろうか?
わたしは今日そんなことを考えていた、おそらくは、世界じゅうにある「問題」解決に励むだろう。
決して家電を作り続けることを選ぶとは思えない。
いま、わたしたちは、「精神性」の復興に着手し始めているのだ。そこは今、荒野である。まさに戦後日本が焼け野原であったように、なにもないのだ。そして、今の若者は、その荒野に旗を立てていく活動を始めたのだ。
この行動をして「馬鹿げてる」「単なる若者の戯言だろう」「そんなの無理に決まってる」
と言う人をわたしは、かわいそうだと思う。
このような言説を投げる人々の精神が、精神的な貧しさを生んでいるというのに。
いまの、若者の想像力はたくましい。本当に想像力があると思う。
カンボジアの過酷な児童労働を行っている少年少女を自分ごとのように感じられる人がいる。
既存の教育システムからドロップアウトした若者にもう一度チャンスをと燃えている人もいる。
なぜ、彼ら彼女らはそのような想像力をもちえたのか?
それはきっと当事者として「出会って」しまったからだろう。そして今わたしたちは「当事者」として出会わざるを得ないテクノロジーを手にしているといえる。だから、今までは無視されていた問題もどんどん目の前にあらわれて来るわけだ。そういうのを目にして、傍観し、家電を作り続けるのはやはり、モチベートされないに決まっている。
だから、これからは、どんなビジネスも、このように目の前にあらわれて来た問題を解決できるようなものになっていくに違いない。そうしないと、やる気のある若者はそんなビジネスをやりたいとは思わないだろう。
こういう事態に気づいている人事はどれくらいいるだろうか?
「昨今の若者は、NPOやらBOPやら社会貢献ばかり言ってくる」そう批判的につぶやく人事はそれに恐れを抱いたほうがいいのに。もはや、そういう若者の「気分」に乗らない「仕事」や「製品」をつくっている会社は選ばれない時代に突入していくということに。
これは誤解されることを覚悟で言っているが、上記のようなお気軽な人事がいるような企業には、自分の頭で考えずただ、就職活動しなければならない時期にきたからするというような人材しか集まってこなくなるだろう。残念ながら、今後自分の頭で考えることができ、努力できる人材は、そもそも就職活動すらする必要性を感じてはいないという恐るべき事実があることを早く知る必要がある。
わたしの観察するところ今水面下で変化が起きている、これが表面化してくるのはもうすぐだ。
