1208『貌斬り KAOKIRI』トーク
細野:えーどうも、監督の細野です。よろしくお願いします。
伊藤:よろしくお願いします。
細野:伊藤彰彦さんです。えーっと、あんまり時間がないんでぱっぱぱっぱと進めていきたいと思うんですけども、まずこのキネマ旬報。今12月5日でしたっけね、発売したばっかで僕にインタビューしていただいて、それをまとめていただいたんですけども、それはいろんなこと書いてありますんで、もし読んでいただければと思いますが。まぁその前から「映画の奈落」っていう著作があって、2年くらい前でしたっけね。
伊藤:そうですね。
細野:北陸代理戦争っていうね、深作欣二監督の最後のやくざ映画、1997年なんですけどもね。
伊藤:そうですね、はい
細野:それをお書きになったんですよね。それはその映画から事件が起きてしまったということで有名な、有名になった映画なんですけどね
伊藤:はからずもそうなってしまった、ということですね
細野:今日は<映画と事件>というテーマなので、まずその映画と事件というものについて。以前から映画と事件ということに興味があったんですか?それともあの北陸代理戦争以降のひと月半後に起きちゃった事件を知ってから書いたんですか?
伊藤:映画と事件という問題のたてかたじゃなくて、やっぱり映画がようするに犯罪を引き起こしてしまうというのはいくつかあるんですけど
細野:いくつかってどのくらいありますかね?それも聞きたかったんです。映画が犯罪を引き起こしたことって
伊藤:いやもうテレビの必殺シリーズで興奮した視聴者の人が、同じように針で子供をさしちゃったとかですね、いろんなことがあるんです。映画がある種の人のアドレナリンをですね、沸き立たせて事件を起こすというのは多々あるんですけども、ようするに映画がやくざの抗争をあおって、それでやくざのモデルが殺されるっていうのはあれが古今東西あれしか知らないという感じですね。まぁそれは今日の長谷川一夫の顔斬り事件からめんめんと続いてる芸能界とやくざの闇社会ということなんですけども、そもそも長谷川一夫の顔斬り事件の・・・キネ旬を読んでらっしゃらないという前提で話をしますけども、これから買って興味をそがないような話をしなくちゃいけない、なるべくキネ旬で載せられないことを話をしようと思いますけれども(笑)これをおやりになりたかったというのは、どういうことなんですか?実は拝見する前にプロデューサーから、芝居で細野監督が演劇で長谷川一夫の顔斬り事件に題材をとって演劇をやってらっしゃるということを聞いて、それは本当に面白くなるのかなと思ったんですよ。
細野:それはいつぐらい?
伊藤:高円寺のスタジオのころから、今回のことで。というのは、やっぱり長谷川一夫自身は移籍問題でいろんなことで松竹の仕打ちに耐えかねて東宝に移籍する、そういうことでいろいろ永田雅一が千本組の人に頼んでああいう事件が起こるということなんですけども、そのあとも細野監督書いていらっしゃるように、その自分を切らせた永田雅一の会社に入って重役になると。要するに長いものに巻かれて、そこが永田雅一から長谷川一夫に金が動くという事件を今まで胸のすくような娯楽映画を撮ってこられた細野監督がどうやって映画にするんだろうなぁと。これは面白くなるのかなぁ?と思って拝見したんですよ。そうするとこれ、本来的に長谷川一夫事件の本質の闇の部分に巻き込まれて、希代の美男と言われた長谷川一夫の頬に傷がつくということではなくて。やっぱり思い切って長谷川一夫事件の本質的な部分である周囲の部分の枝葉を切って、加害者はだれか、どういうモチベーションなのかに思い切って演劇にされているのを見て、ああ、なるほどな、まぁあのとっかかりは長谷川一夫事件と闇の関わりであっても、思い切ってこういう風にしないと演劇にならなかった、映画にならなかったなと思ったんです。で、それで今日ちょっとお伺いしたかったのは、最初に長谷川一夫事件に興味を持たれて、例えば予算のこととか関係なく何十億もあったら、どういう風に長谷川一夫事件を映画にされたんですか?
細野:えーと、非近代性っていうんですかね。農業国家だったときの日本というか、僕が生まれて間もないころと言っちゃ変だけども、僕はだいたい葉山なんで、山と海に囲まれてるからよけいそうなんですけど、でも都会でも田んぼっていうか畑がいっぱいあったんですよ。で、家の庭にも畑があって、いろんなもん作ってたっていう。完全に農業国家ですよ。そのときに映画館っていうのができてきて、昭和33年にピークを迎えるわけですけど、なんかこう、非近代性のなごりみたいな感じがしてあるんですよ、映画って、僕のなかでは。ここ100年ちょっとのもんですけどね。で、そのときに必ず時代劇っていうのが出てきて、時代劇っていうのは歌舞伎からきましたと。歌舞伎から時代劇が来て、今時代劇はほとんどうつらなくなっちゃったけど、その部分の非近代性ですか。長谷川さんっていうのは養子に入って、関西歌舞伎のね、うまく出世できるかわかんないじゃないですか。歌舞伎界で。そのへんの非近代性もあるし、で松竹っていう会社もあっただろうしという。そこの部分っていうものがだいたいが僕は興味があったんですけどね。
伊藤:世襲社会の松竹はじめ歌舞伎界で血に恵まれなかったというか。外れていくところですよね、映画にまず行くっていうのは。
細野:その後戦後中村錦之助が出現して、名門の子でありながら成功していくっていう。それはそれでまた別の話になっちゃうんだけど。なんだろうなと。とくに戦前なんで、この映画では戦後にしてますけどね、戦前なんで。見えない部分、もちろん生まれてないわけですから、見えない部分だと余計にこう・・・闇を見るわけですよね、非近代的なものの。で、演劇のときにはそれをやろうと思ったんですよね。そこのところでやってみようかなと思って。それにひっかけて、ちょっとスタニスラフスキーさんという人のシステムというもの、メソッドというものを揶揄してやろうと思ったんですよね。揶揄してやろうと思って、それを脚本づくりに応用する映画人の滑稽さを描こうと思ったんですよ。まずだから映画人の滑稽さというものがあったんですよね、描きたいなと、舞台のときは。でも映画にするってときにやっぱりそこのところでもできないし、とにかくリアリティのない話なんで、どっかで。舞台用に作ったんで。もう一つの映画的なプロットという意味でリアリティのある話を持ってこなくちゃしょうがねえなと。そのときに芸人といっちゃ変ですけどね、芸能人、芸能というか、晴れとケという言葉があるように、どうしてもそこのところに行かざるをえない、本当の意味で芸能に携わる人というのはこういうことなんだということをもう一回見直してみたいなと思ったんですね。それも非近代性といえば非近代性ですけど。そのプロットを背負うのが、切るか切られるか。自分が本当にやるのか。舞台であることをもう一回生身の役者でだぶらせてみるっていうことですかね。結局今回やりたかったのは、本当の意味で芸能の道に入ろうとするというか、流浪の民になろうとする、役者になるってことを決めるっていう人たちの覚悟の話っていうんですか、映画はそういうことなんですけどね。長谷川さんの事件とかはダシに使ったっていうか。そういうことにはなってくるんですよね。本当にやるとすると長谷川一夫事件、林長二郎の顔斬り事件をほんとにいくらかかってもいいからやってもいいとなると戦前の闇みたいなものをバックボーンにやってみたいなと思いますけどね。日本がなんで戦争・・・満州なら満州に行っちゃったのかってことから始まって、大衆の持ってる怖さっていうんですかね、そういう部分ができるような気がしますけどね、この事件っていうのは。
伊藤:まぁ何十億かかるような映画で(笑)その話をきくと大島さんの『ハリウッド・ゼン』っていう早川雪舟とルドルフ・ヴァレンティノの話がちょうど35年、ファシズムの軍歌が響いてくるころの話で、それを思い出しますよね。とにかく今役者の覚悟とかおっしゃったんですけど、今の役者は、20代の役者はそんなこと思ってなくて、監督がひとつの挑発というか、今まで細野監督の映画っていうのは今村昌平さん、お師匠さんが『シャブ極道』をご覧になって、「お前は生涯バカを描き続けろ」という名言をおっしゃったということをキネマ旬報のインタビューで聞いたんですけども、今ありえないアナクロニズムな役者バカが、長谷川一夫というバカのことを描いているというふうなことですよね。今いたるところでシャブをやっている極道っていろんなことの延長のなかでこれは役者バカ。今ありえないような役者道を突き進んでいくような人たちの話ですよね。
細野:まぁそうですね。なんだろう、物事の損得じゃなくてやっていってしまう人ですか、僕の中でのバカっていうのは。周囲の状況を把握できないで適正な判断をできないバカではなくて、本当にひとつのことに向かって猪突猛進しちゃうみたいなね、というところでのバカっていうことかもしれないですね。だからあと「愛すべき俗物」ってことですけどね。
伊藤:なるほど
細野:あんまり気取ってる人間は好きじゃないんで。どうしてもそうなっていってしまいますよね。
伊藤:でもほんと初めて大きい映画館で拝見すると、この明石スタジオの舞台が上にあって、役者が下りてくるときに下へ行って、まさに奈落ですよね。また息を整えて上がっていって舞台に上がっていくというこの構造が、監督もおっしゃっていたようにこれを見つけたときに「できた!」と思ったという感じが、映画のリズムとしてはっきりわかりましたね。大きい画面でみるとなおさらわかりましたね。
細野:例えばここだったらば控室は上にあるわけですけど、それとはちょっと違いますよね。下に行く、下からくる、這い上がってくるっていうね。まぁよくこんな劇場があったなとほんとに思いましたけどね。いくつか見た後に一番最後にって形で見たんですね。一日か二日の作業でしたけど、「ああ!」と思いましたよね。広さでいえば決して控室が広いわけじゃないんですよ。他に控室が広いところもあったんですけど、そこは横並びになってて、どうも面白くない。面白くないっていうか違和感ですよね。「ここじゃねーな」みたいな。で、明石スタジオを見て「控室はどこだ」って言ったときに「下です」って言われて(笑)で降りて行ったっていうね。あの階段を僕は降りて行ったわけです、「えええ!?」って。「こんなとこから俳優あがってくんの!?」みたいな。あの驚きですよね。それでなんだか知らないけど違和感がなく、ここならできるなと。鏡がいっぱいあったとかなんとかってことは、そんなもんなんとかなるだろうと。金勝さんというね、優秀な美術の人がいろいろやってくれて、撮影は道川が大変だったと思うんですけどまぁそれはそれでできちゃったっていうことがありますけどね。
伊藤:最初外から入っていって、劇場一通り紹介して、降りてまた上がってくるということですよね。
細野:つまり越境したかったんですよね。外から入って舞台を通して上まで行ってっていうふうにやんないと。あれをやっとかないと客観と主観っていうところがはっきり分かれてっちゃうんですよね。あれをやっとくとたぶん分かれにくいだろうなと思ったってことはありますね。
伊藤:映画と事件じゃなくなってきましたね(笑)
細野:ああー、映画と事件(笑)映画と事件のことで、じゃこのあと飲みながら(笑)それとも次のどっかの映画館でやりましょう。
伊藤:やりましょう!
細野:映画と事件に関してはちょっとね、いろいろ僕も思うところがあって。つまりさっきの事件っていう話、『天国と地獄』っていう映画は、あれは誘拐を描いて、あのあとに吉展ちゃん事件が起きたっていうことあると思うんですよね。そういう大きなくくりのなかでの映画と事件となったときに、事件が先か映画が先かというところの面白さというのを本当はしゃべりたかったんですけどね、ちょっと難しいですね
伊藤:そうですね、そもそもの話でいうと日本で最初の実録映画っていうのは1899年の押し込み強盗清水定吉という事件らしいんですよ。それは・・・ピストル強盗だ。その前の週に東京でピストル強盗があって、それを俳優を使って初めて演じて、というのが10分くらいの映画で残って、それが今日本映画で残っている『紅葉狩』が、ちょうど舞台中継を團十郎と菊五郎の『紅葉狩』をただ記録のために撮ったっていうのとその押し込み強盗の最初の事件の再演映画が残ってることでいえば、この『貌斬り』っていうのはその二つの日本映画の祖型っていうのをやっていらっしゃる映画だと思いますし、その定吉というのがあってまたピストル強盗がひどくなったと。実録映画というのはそういう宿命を持っているんじゃないかなと思いますよね。
細野:時間が来ちゃったんで、またどこかで続きをできたらいいなと思います!えー、時間が来たら終わるっていうのがこのトークショーのひとつの決まりなんで、ご不満もあるでしょうがまたの機会に。どうもありがとうございました!
※トーク採録は映画『貌斬り』宣伝を目的としたものです。
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