【討論】慰安婦問題について国内メディアが考え出した渾身の提言『未来志向の総理談話』をあなたはどう思う?(完全版)※前段は読まなくても構いません。
前段にある考え方

昨日6月6日はフランスにとって69年目のD-DAY。ノルマンディ上陸作戦決行の日。在米国フランス大使館がこんなにも強く"FRANCE WILL NEVER FORGET(フランスは絶対忘れない)"と強調。これが、虐げられた国の心理。アジアだけではない。https://www.facebook.com/GivingTreeIntnl/posts/10151681030177089
このフランス政府のNEVER FORGETは、ノルマンディ上陸作戦に参加したすべての国の兵士たちへの感謝の意として捧げられているのだが、同時にこのD-DAYまで虐げられたこと対する意思の表れでもあるのだろう。戦後70年近く経っても、戦勝国であっても、これが戦争に対する意識なのだ。
ドイツ、イタリア等数カ国を除く欧州全土は、戦勝国側にあった。だが、この勝利は高い代償によって得られたものだった。米国の個人投資家たちが行った奇跡の復興策マーシャルプランの牽引なしに、欧州は戦後のダメージから復活できなかった。そうして這い上がってきたのだ、戦勝国であっても。
想像力の欠如は許されざるべきこと
歴史修正主義を標榜する者は、極東軍事裁判を戦勝国の裁判と呼び、国連を戦勝国である連合国の集まりであると吐き捨てる。だが彼らの抱く「戦勝国」のイメージの中に、凄まじい破壊と殺戮を乗り越えてきた「戦勝国」国民らのイメージはない。この想像力の欠如が、容易い思考への傾倒を生み出す。
そしてこの想像力のなさが、戦勝国の国民を苛立たせる。「本当に反省しているのか」「私たちがどんな思いをしたかわかっているのか」と。戦勝国は何も失ってないと思うのだろうか。一次大戦の何百倍の命が欧州戦線で失われたのか、憎き”敵国”により。私たちの国は、その敵国と同盟を結んでいたのだ。
想像力のない人間は、戦争や歴史を語るべきではない。
歴史を知らない歴史修正主義者など、存在する意味はない。
橋下氏が言った1つの「正しい」こと
橋下氏は1つ、正しいことを言った。「もういいじゃないか」ということを、私たちの側から言うべきではないということだ。70年近く経っても、戦争の痛みは風化していない。虐げられることへの怒りは鎮まっていない。その当事者らが持つ怒りと哀しみを想像できない人間に、戦争を語る資格はない。
また想像力のない公人は、己の想像の及ばぬ過去については言及を一切避け、未来についてのみを語れ。過去には一切触れるな。眠れる憎悪を掘り起こすな。先人たちが築いてきたこの国の繁栄、大局を見て譲歩に譲歩を重ねることで守り続けてきた自由。これを無駄にするな。貴様等にその資格はない。
フランス政府が昨日行った表明について偶然知り、過去の戦争の実情を想像する能力の欠如しているあらゆる人間に対し沸々とどうしようもなく怒りが沸いてきた。朝っぱらからではあるが、その怒りを爆発させてもらった。平日の朝っぱらから、不快な内容・物言いであったなら、申し訳ない。
次に、総括的なものとして最新のNewsweek日本語版の慰安婦問題に関する記事に触れるが、この総力記事は実によくまとめられていた。そして日本がすべきこと、すべきでないことを明確に示していた。そういう姿勢が、政府にも公人にも、そして一般の国民にも求められていると思う。
ニューズウィーク日本版の提言の検討
ニューズウィーク日本版(NWJ)が最新の2013.6.11号で慰安婦問題に関する総力特集を行った。その特集の中で一つ、しっかりとした提言を行う記事があったのでその内容を全文書き起こしツイートした。⇒http://togetter.com/li/514771
私個人としてはNWJ誌の提案の趣旨に全面的に賛同し、時機を見て直ちに実行に移すべきと思うが、皆さんはどうだろうか。広くシェア等していただき、賛否両論を闘わせてみてもらいたい。
※尚、この特集は本編は4ページもあり、非常に包括的に過去20年の歴代政府の対応もまとめているので一読の価値あり。今回はその文末の提言部分のみを抜粋して引用していることを予めご承知いただきたい。
http://www.newsweekjapan.jp/magazine/102044.php
提言の前段にある問題認識と3つの指摘
NWJの「新総理談話」の提言の前段には、1つの問題認識と、2つの具体的な問題点の指摘がある。まず記事の大前提にあるのは次の問題認識だ。
「証言のみで強引に強制性を認定したことに日本の保守派が反発。正確な史実を追求することで強制性の認定を正そうとするが、それがかえって韓国やアメリカの目に「もみ消し」と誤解され、結果的に日本の国際的イメージが悪くなる――そんな悪循環を繰り返してきた。」
NWJは次に2つの具体的な問題点を詳細に指摘する。1つは、慰安婦問題について、過去20年の間に日本政府が犯してきた3つの大きな失敗の指摘。記事ではこの軌跡を「混乱と迷走続きだった慰安婦問題の20年」と題して、見開きのタイムラインとして可視化している。もう1つは、その3つの失敗の中における左派政治家の「思い込み」のウェイトの問題の指摘だ。
以下、この3つの失敗について要約する。
失敗その1:「致命的な判断ミスで自らパニック状態に陥り、不要な譲歩を繰り返した」こと。92年1月の第一次加藤談話、同年7月の第二談話発表までに至る経緯の問題を指摘している。
失敗その2:「河野談話をめぐる政治主導の『暴走』」。政府がこれまでの加藤談話を元にいかに徹底的に強制性を示す資料を探し、資料が見つからないため元慰安婦への聞き取り調査を行った経緯が説明されている。閣議決定のない官房長官談話を出した河野洋平官房長官の「暴走」を指摘している。
失敗その3:「左派政治家の『思いこみ』」。94年発足の自社さ連立政権で村山首相が起こした一連の「寝た子を起こす」行動(国家賠償の模索、韓国、フィリピン首脳への個人的謝罪、アジア女性基金の設立)とその結果(97年の韓国元慰安婦らによる償い金の受け取り拒否)の問題点を指摘している。
最後にNWJはこの「左派政治家の思いこみ」に基づく誤った政治主導が、ときには「韓国政府や女性団体の強硬姿勢にパニックに陥ったまま謝罪を繰り返し」たり、「政治家個人の信念に基づいて暴走した結果、問題を蒸し返してしまう」結果をもたらしたことを指摘した。そして最後に、橋下の行動を「90年代初頭の日本の政治家たちと共通する部分がある」と指摘する。
橋下氏の発言の問題についてNWJは、「慰安婦問題に関する橋下発言の核心は誤っていない」と評価しつつも橋下氏が風俗業活用発言を行ったことが「アメリカの尻尾を踏んでしまった」と指摘する現代史家の秦郁彦氏の評価を引用する。この「アメリカの尾」の問題についてNWJは別の特集記事『アメリカは被害者の味方』で米国内政治の問題を詳細に報告している。
NWJの「新総理談話」の提言は、以上のような構成と前段となる問題の指摘から成り立っている。過去のこれらのミスが、いかに問題を「解決不能に近いレベル」にまでもつれさせてしまった「根源」であることを指摘しつつ、世界の認識のギャップという現実、国際社会の「常識」を受け入れた中で、世界に日本の姿勢を示すべきであると、現状を脱却する提言を行っているのである。
以上、記事全体が4ページに及ぶので長い要約となったが、これらの前段の問題提起と問題意識をふまえた上で、是非あらためてNWJが提言する新たな、未来志向の「総理談話」発表の可能性について、議論していただきたい。
----- 提言部分引用開始 -----
『泥沼から抜け出すために』
いくら事実を調べ上げて日本の汚名を晴らそうとしても、日本に貼られたレッテルを剥がすことは難しい。それどころかあがけばあがくほど日本のイメージと国益を損ない、さらに泥沼に引きずり込まれる――。「慰安婦の強制連行を示す証拠はない」という日本の保守派の主張が世界から批判されるのが、まさにその典型だ。
本来「証拠が見つかっていない」という主張は、強制連行の否定ではなく、「強制連行があったかどうかは分からない」というものにすぎない。だが、こうしたニュアンスは外国に伝わりにくい。証拠が見つかっていないことが「事実」であるにもかかわらず、簡単に「慰安婦の存在そのものを否定しようとしている」と曲解されてしまう。
領土問題や歴史問題でも、日本の外交関係者らは一様に「事実を丁寧に積み上げていけばいずれ国際社会は日本の立場を理解してくれる」と言う。理想はそうだが、残念ながら国家のイメージをめぐる戦いでもある外交の現実は違う。日本と世界の認識ギャップのせいで、異なったイメージで受け止められることを覚悟しなければならない。
元官房長官の加藤紘一は中学生の頃、故郷の山形県で復員兵たちから慰安所の話を聞かされた。
「市長をしていた父の元に多くの人が酒を飲み交わしに来ていた。慰安所の話は誇張もあるだろうが絶好のさかなになった。むしろで区切られた慰安所で、皆がズボンを下ろして『おいまだか』と並ぶ。何人もの相手をした慰安婦が目もうつろな状態で相手していた、と聞かされた」
いくら強制連行の史実がないと立証したところで、こういった慰安所の過酷な実態に対してあらゆる人間が感じる生理的嫌悪感を消し去ることはできない。国際社会が日本の慰安婦問題に厳しい目を向けるのは、史実をめぐる反論が彼らの中で、「目もうつろな状態で相手をした慰安婦」の人権や人格否定に直結するからだ。
橋下の言うとおり、戦場に慰安所をつくったのは日本人だけではない。日本だけが糾弾され続けるのは不条理だが、国際社会の「常識」は、正しい史実の追求とはまったく別次元のところにある。
この泥沼から抜け出すためには、新たな「談話」で日本の姿勢を世界に示すほかないのかもしれない。強制連行の有無は確認できないことを明記しつつ、軍の関与は認める。一方で元慰安婦の女性たちが経験した苦痛への理解と謝罪を表明し、女性の人権を重視する日本政府の未来志向の立場を強調する――問題となった河野談話には一切触れない、新たな「総理談話」を発表するのだ。
日本が慰安婦問題という泥沼から抜け出すきっかけになるなら、橋下が満身創痍になったことにもきっと意味があるはずだ。
長岡義博、深田政彦、前川祐補(本誌記者)
横田 孝(本誌編集長)
----- 提言部分引用終了 -----
いかがだったろうか。ひじょうに格調高く、理論的で、論旨の明確な提言ではないか。私はこのNWJの総力特集記事の趣旨に全面的に賛同する。こういう提案が出されるのを、ずっと待っていた。まさか、メディア側からこれほど建設的な総括と実効性のある提案がなされるとは思わなかった。
「強制連行の史実がないと立証できても、慰安所の過酷な実態にあらゆる人間感じる嫌悪感は消せない」――NWJが示したこの感覚、この「想像力」こそが、いま私たち日本国民にもっとも求められているバランス感覚だと私は思う。 この「総理談話」案なら、政府が断固たる決意と覚悟で臨めば(即ち途中で各種妨害や圧力に折れなければ)、実効性のある打開策となり得るのではないか。一般国民、公人、政府内で異論はあるかもしれないが、この案で一本化することこそが国益だと私は信じる。皆さんは、どうだろうか。
以上、是非コメント欄等でみなさんの賛否を闘わせてみてください。



